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東京地方裁判所 平成3年(ワ)15276号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求

被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地の上にあるフォークリフト、洗車機、洗車場等の被告所有物件を撤去し、プレハブ造平屋建倉庫兼更衣室約七七・七六平方メートルを収去して、同土地を明渡し、かつ、平成三年一〇月二二日から右土地明渡し済みまで一か月金二四万円の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告の父がその所有する土地を被告に対し自動車駐車場として一時使用のため賃貸したところ、被告はその土地をフォークリフト置場ないし捨て場として使用しているとして、相続により賃貸人の地位を承継した原告から被告に対し主位的に用法違反を理由として賃貸借契約を解除し、予備的に用法違反がないとしても解約申入れにより賃貸借契約は終了したとして、その土地上にある動産を撤去し、建物を収去して土地を明渡すよう求めたのに対し、被告が本件土地の賃貸借は建物所有を目的とするもので、用法違反はないとしてこれを争い、仮に建物所有の目的でないとしても明渡を求めるのは権利の濫用であるとして争つた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告の父である乙山松太郎(以下「松太郎」という。)は、昭和四九年ころ、被告に対し、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を賃貸し、被告は、本件土地をその当時から引続き賃借し(以下「本件賃貸借契約」という。)、現在、本件土地上には被告所有のプレハブ造平屋建倉庫兼更衣室約七七・七六平方メートル(以下「本件プレハブ」という。)、洗車場、洗車機、フォークリフト等が置かれている。

2  松太郎が被告に対し本件土地を賃貸する旨の駐車場賃貸借契約書と題する平成二年二月一日付け書面(以下「本件契約書」という。)が作成されており、本件契約書には、自動車駐車場一時駐車使用の賃貸借契約であること、期間は平成二年二月一日から同三年一月末日までであること、駐車料は月額金八万円で、駐車場内に付帯設備として二四坪以内の既成品プレハブ建物を設置することを認めるが、それ以外の建物その他の工作物は設置しないことなどが記載されている。

3  原告は、平成三年二月一日相続により松太郎から本件土地を取得し、同年六月六日、その旨の所有権移転登記を経由し、本件賃貸借契約の賃貸人たる地位を承継したが、同年一〇月一二日付け内容証明郵便により、被告に対し、自動車駐車場として賃貸したのにフォークリフト置場ないし捨て場として使用しているのは契約違反であり、一週間以内に自動車駐車場として使用するよう催告し、右期間内にフォークリフト等を撤去しないときは本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、同書面は同月一四日被告に到達した。

4  原告は被告に対し、本件訴状により、民法六一九条一項ただし書、六一七条一項に基づいて本件土地についての賃貸借契約を解約する旨の意思表示をし、本件訴状は平成三年一一月二日被告に送達された。

二  争点

1  本件賃貸借契約は建物所有を目的とするものか。

2  フォークリフト等を置くことが契約違反として解除原因となるか。

3  本件明渡請求が権利の濫用か。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件賃貸借契約の目的)について

原告が本件契約書に基づいて被告に対し駐車場の一時使用を目的とする賃貸借契約であることを前提として本件賃貸借契約の解除による明渡を求めているのに対し、被告は本件賃貸借契約は建物所有を目的とするものであり、一時使用の賃貸借ではないとしてこれを争つているところ、この点について次の事実が認められる。

1  被告は昭和四一年五月、フォークリフトの販売、修理等を目的として設立された有限会社であり、昭和四七年ころ本件土地に隣接する土地(八潮市《番地略》)五五七平方メートル(以下「被告所有地」という。)を取得し、同所に工場建物及び事務所を新築し、フォークリフトの展示場、整備工場、事務所、食堂として利用し、昭和四九年ころ、松太郎から本件土地を借り受けた。その際、権利金等の授受はなく、そのころ作成された賃貸借契約書にも建物所有を目的とするとの記載はなく、契約書自体は自動車駐車場とする旨の記載であつたことがうかがわれる。その後、被告所有地上の右建物を増築して、被告所有地上にあつた洗車場を本件土地上に移し、併せて本件土地上に約一二坪の既成品プレハブ建物を設置してよいとの松太郎の承諾の下で、同坪数のプレハブを設置し、部品倉庫、更衣室として使用してきた。

2  被告は、昭和五一年ころ、陸運局の整備工場としての認証工場としての資格を得るため、そのための特定工場等既設届出書を八潮市に提出したが、右届出書には、特定工場・特定作業所の所在地として被告所有地のみが記載され、敷地建物の状況欄には、本件土地及び本件土地上の建物設備は含まれていないが、作業の方法欄の屋外の作業の欄に洗車の項目があり、洗車の上、分離槽を設けて汚泥、水、油に分離して排水することが予定されており、被告所有地の本件土地に隣接する部分にそのための浄化槽及び油脂庫が設けられている。

3  平成二年一月当時、本件土地の賃料は月額金五万二〇〇〇円とされてきたが、松太郎からこれを金一一万円とする増額の申し出があり、これに対し被告から八万円の増額に応じる旨を回答し、平成二年二月一日から一年間の期間で賃料を金八万円とする旨の契約書を作成したが、前記のとおり、その目的は自動車駐車場一時使用である旨が明記されている。また、被告は同契約書五条で認められた範囲内である二四坪の既成品プレハブ建物である本件プレハブを本件土地上に設置し、更衣室及び部品倉庫として使用している。

4  本件賃貸借契約に関して二通の通帳が作成されており、少なくとも、昭和六〇年四月から六月まで、平成元年七月から九月まで、平成二年四月から九月まで、平成三年七月分について、本来の通帳と思われるものの他に金額を金四万円とする通帳が存在し、双方に同一と思われる筆跡で、同一と思われる「乙山」の印影が押捺されている。

5  原告の夫である甲野太郎は、病床の松太郎から同人が賃貸している土地が九件あり、問題になつている土地が二件あると聞いていたが、本件土地については問題があるとは聞いていなかつた。また原告は松太郎からこれらの土地について借地権を主張されないよう配慮していた旨を聞いている。

以上の事実によれば、本件土地は契約書上は自動車駐車場の一時使用の目的で賃貸され、設置できる建物も一定坪数以下の既成品プレハブの設置に限定され、これまでも右契約書で認められた範囲内の既成品プレハブ建物の設置しかされてこなかつたことが認められ、そうすると自動車駐車場の使用目的に限定されていたかは別として(この点は争点2で検討する)、松太郎としては、本件賃貸借が建物所有を目的とするものとなつて返還を受けにくくなるのを防ぐため、敢えて権利金の授受をしないで、その旨を契約書に明記し(本件契約書三条)、建物については駐車場の管理のための付帯設備として既成品プレハブを設置する限度においてのみ認めることとし(同五条)、それ以外の建物その他の工作物の設置を禁止し(同六条)、その範囲内での使用を許容する意思であつたことが推認される。他方被告としては、本件土地を洗車場、更衣室兼部品倉庫として被告所有地の認定工場の経営のために利用してきているもので、平成二年の契約の際も、もし短期間で明渡しを求められるとすれば多大な経費をかけてプレハブ建物を設置し、賃料の増額に応じることもなかつたであろうと考えられ、当然に同契約書のとおり契約を終了させる意思ではなかつたと推測されるのであるが、しかし、その半面、本件土地を建物所有の目的で賃借する旨の合意があつた事実は認められず、むしろ本件経緯に照らせば建物所有の目的では賃貸しないとの松太郎の意図はある程度被告において了解できていたものと考えられ、また本件土地がなくても認定工場としての利用自体は可能であり、被告所有地上の建物所有と本件土地とを必ずしも一体として考えなければならない関係にはないこと、被告は松太郎に対し、契約書上の賃料とは別に金四万円を支払つていた事実は認められるものの(《証拠略》中には、賃料とは別にいわゆる裏金を受領してはいなかつた旨の証言部分があるが、右4に認定した事実に照らし信用できない)、右は《証拠略》によつても本来の賃料を税金対策のために一部を裏金にしたというに過ぎず(《証拠略》によれば当初の賃料が契約書上では金四万円で裏金が金四万円であつたというのであり、松太郎作成と認められる甲四において昭和四九年の契約書案の金額が金八万円と記載されているのは賃料の合計が金八万円という趣旨と推測される)、これを権利金として扱う趣旨のものとは認められず、現に賃料として裏金の金四万円を含めた金額を供託しているのであり、したがつてそのことをもつて本件賃貸借が建物所有を目的とするとは言えないことなどの事実を総合すると、本件賃貸借は、一時使用の目的とは言い得ないものの、建物所有を目的とするものであるとまでは認めることができない。

二  争点2(用法違反の存否)について

そこで本件土地にフォークリフト等を置くことが本件賃貸借で定められた目的に反するものであるかを検討すると、前記認定の事実によれば、松太郎は被告が本件土地を隣接する被告所有地におけるフォークリフト等の整備工場のために利用することを認識し、本件土地にそのための部品倉庫及び更衣室として本件プレハブを設置することも認めており、被告は以前から本件土地にフォークリフトを置いてこれを保管していたことも併せ考えると、本件土地にフォークリフトを置くことは契約の趣旨に反するとは認められず、したがつて原告は被告に対し、フォークリフトの置場ないし捨て場として本件土地を利用したことを理由として本件賃貸借契約を解除することはできないというべきである。

三  争点3(権利濫用の有無)について

ところで、本件賃貸借契約が建物所有を目的とするものではなく、契約で定められた賃貸期間を経過したとすれば、本件賃貸借契約は期限の定めのないものとなり、原告は被告に対しいつでも解約の申入れをすることができ、右解約申入れから一年間の経過により解約の効力が生じることになり、したがつて、原告が被告に対し解約申入れをして一年間が経過した平成四年一一月二日の経過により本件賃貸借契約は解除されたことになる。そこで右解約の効力を認めることが権利の濫用として許されないかについて検討すると、この点について更に次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  被告は本件土地に隣接する被告所有地において、フォークリフトの展示場、その修理工場及び営業用事務所を設置して経営していたが、その後本件土地を賃借してからは、被告所有地にあつた洗車場を本件土地に移して、被告所有地上に工場を増築し、更にその後、金一〇〇万円近くの建築費をかけて本件土地に約一二坪のプレハブ建物を設置し、部品倉庫及び更衣室として利用し、被告所有地における被告の営業のために本件土地を使用するようになつた。

2  被告は、平成二年二月ころ、総額三〇〇万円以上を費やして、更衣室及び部品倉庫として、前記の一二坪の建物を取り壊して、本件土地に本件プレハブを設置し、松太郎もこれを承諾して、賃料を金八万円とし、本件プレハブの設置を認める本件契約書を作成した。

3  被告は松太郎に対し、本件賃貸借契約当初から契約書上の賃料とは別に賃料と共に毎月金四万円を支払つてきており、その都度契約書上の賃料支払の通帳の他に右金四万円を支払う通帳にも松太郎の印を押捺してもらつていた。松太郎が入院し、松太郎の妻である乙山ハナが賃料受領の手続をするようになつてからも、右金四万円の支払いは続けられ、平成三年八月ころ賃料の受領を拒絶されてからは契約書上の賃料に右金四万円を付加した金額である金一二万円を賃料として供託している。

4  松太郎の相続人は妻の乙山ハナ、長女の原告、長男の乙山一郎の三名であるが、相続財産の課税価額は合計金一八億二八九九万円であり、相続税額は金五億一一七八万三七〇〇円であり、不動産は原告と乙山ハナが半分ずつ相続した。本件土地の相続税課税価額は金一億一〇〇三万二七〇四円で、これに対応する相続税額は六一八七万円である。原告が本件土地の明渡しを求めた理由は、これを被告所有地の反対側に隣接する原告所有地とともに売却して相続税の支払いに充てたいとの点にある。

前記認定の事実に右認定の事実を総合すると、本件賃貸借は、被告が被告所有地で被告のフォークリフト等の修理販売業の業務を行うため、本件土地を洗車場として利用し、右業務のための従業員の更衣室及びフォークリフト等の部品等の倉庫として既成品のプレハブ建物を本件土地に設置して利用するものであることについては、貸主である松太郎もこれを認めて十数年間にわたり契約を継続してきたものであると認められ、更に借地法の適用ある賃借権を発生させないために松太郎においてその目的を自動車駐車場の一時使用として契約書を作成してはいるものの、契約書上の賃料とは別個に毎月金四万円を被告から受領し、実際上は本件土地が右のとおり被告の営業に供されることを前提として、その営業に支障がないよう契約を更新してきたものと認められるのであり、他方被告としては、そうした実績を踏まえて、当然相当期間は更新されることを前提として、契約書上は期間を一年としながらも、相当額の費用をかけて本件土地上に二四坪のプレハブ建物を設置し、洗車場としての利用を継続するとともに、契約書にない賃料を毎月支払つて松太郎に協力してきたものと認められる。また松太郎は不動産を九件賃貸しており、それらについては借地法の適用のある借地権とならないよう配慮していたとすれば、いずれも比較的容易に返還を求め得るはずであり、敢えて本件土地を処分しなければ相続税を支払えないのかは必ずしも判然としないのであり、右のような事実関係のもとで、かつ、賃料を増額し、新しい二四坪のプレハブ建物を設置する旨の合意がされて僅か一年余りの時点において、本件契約書の記載文言にのみ基づいて、これを自動車駐車場の一時使用を目的とする期間一年の賃貸借契約であるとして解約を申入れて明渡しを求めることは、松太郎の相続人である原告が右長期にわたる賃貸借の経緯を知らず、契約書の記載を奇貨としてこれを悪用する意図がなかつたとしても、継続的信頼関係を基礎とする賃貸借契約において著しく信義に反する行為であり、権利の濫用として許されないものと解するのが相当である。

第四  結論

以上によれば、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚正之)

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